81年目の長崎原爆の日に寄せて――「対話」による平和構築と「被爆体験者」救済、そして真の非核外交を求めて

81年目の長崎原爆の日に寄せて――「対話」による平和構築と「被爆体験者」救済、そして真の非核外交を求めて

本日8月9日、長崎は被爆から81年目となる「原爆の日」を迎えました。激しい爆風と熱線によって命を奪われた多くの原爆死没者の方々の御霊に対し、心より哀悼の誠を捧げます。また、今なお後遺症や放射線への不安に苦しまれている被爆者の皆様、ご遺族の皆様に、深くお見舞いを申し上げます。

■ 凄惨な被爆の実相と「対話」の大切さ

長崎市で行われた平和祈念式典において、鈴木史朗市長は「長崎平和宣言」を読み上げました。宣言の中では、当時13歳で被爆し、全身に深い傷を負いながらも語り部として活動を続けられた故・吉田勝二さんの壮絶な体験が紹介されました。人間の尊厳を根底から壊してしまう核兵器の残酷さが語られ、核に頼る「核抑止論」の危うさと、核兵器は「絶対悪」であるという強いメッセージが世界に向けて発信されました。

また、被爆者代表として「平和への誓い」を述べられた本村チヨ子さん(87歳)のお言葉も、大変深く心に響くものでした。6歳のとき、とっさに自分を覆いかぶさって庇い、背中に大きな傷を負って翌年亡くなられたおばあ様の記憶。その重みを胸に、車椅子でアメリカを訪問された本村さんは、「人と人が分かり合うためには対話しかない」「平和とは命を守ること」と訴えられました。

お二人の言葉から感じるのは、武力や威嚇ではなく、相手の苦しみに心を寄せる「人間の痛みがわかる心」こそが、平和への確固たる出発点になるというメッセージです。

■ 問われる日本の外交姿勢と非核三原則の「これから」

式典には高市早苗首相も参列し、挨拶の中で「非核三原則を堅持している」と述べられました。しかし、先日の広島の式典における挨拶でも指摘されたように、「現状において堅持している」という文脈にとどまっており、今後見直しを行わないという将来にわたる明確な決意までは示されませんでした。

現在、政府内や閣僚の間からは「非核三原則の見直し」や「核議論のタブー視をなくす」といった発言が聞かれるなど、核をめぐる議論に慎重さを欠くような動きが見受けられます。しかし、厳しい安全保障環境に直面しているからこそ、唯一の戦争被爆国である日本が果たすべきは、軍拡や核議論への傾斜ではなく、国際社会における粘り強い外交と対話のイニシアチブです。

今求められているのは、非核三原則を将来にわたっても揺るぎなく堅持することを明確にし、今年11月に開催される核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバーとして参加するなど、国際社会の緊張緩和に向けた具体的な行動を起こすことではないでしょうか。

■ 「被爆体験者」の全面救済という待ったなしの課題

さらに長崎においては、いまだ被爆者と認められていない「被爆体験者」の方々の救済が、極めて切実な課題として残されています。

広島では「黒い雨」被害者に対する認定基準の見直しが進んだ一方で、長崎では同じように雨や灰の影響を受けながらも、対象から取り残されている方々が少なくありません。式典後の要望の場でも声が上がっているように、この格差や矛盾を放置せず、被爆者の高齢化が進む中で一刻も早い全面救済に踏み出すことが、国の責務だと感じます。

■ 地域からできる平和への歩み

「長崎を最後の被爆地に」――この誓いを決して風化させることなく、未来へとお互いに語り継いでいくこと。そして、多様な意見に耳を傾けながら、対話によって安心できる社会を作っていくこと。

被爆81年という節目にあたり、歴史の事実と向き合いながら、地方政治の場から市民の皆様の暮らしと命を守り、平和の礎を築くために、私自身もひとつひとつの活動に誠実に取り組んでまいりたいと思います。

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