市民監視への道を阻む。清水雅彦教授と考える「スパイ防止法」の危険性
本日、「市民監視の『スパイ防止法』いらないCHIBAの会」の主催による学習会に参加いたしました。講師には日本体育大学教授の清水雅彦先生をお迎えし、『スパイ防止法』とは何かというテーマでご講演いただきました。以前にも清水先生にはお話を伺っていますが、今回は秘密保護法制が民間や日常にまで拡大されようとしている、極めて緊迫した最新情勢に迫る内容となりました。

■ 経済安保から「スパイ防止法」・「対外情報庁」へと繋がる監視の網の目
清水先生は、過去に成立した秘密保護法から、2024年の「経済安保セキュリティ・クリアランス(SC)法」に至るまで、国家が「機密」とする対象が際限なく広がっている現状を体系的に解説されました。 いま政府や右派勢力が狙っているのは、国家公務員だけでなく民間人や研究者まで広く身辺調査の対象とする「セキュリティ・クリアランスの対象拡大」です。そしてその先に見据えられているのが、日本版CIAとも言われる強大な情報機関「対外情報庁の設置」であり、市民を直接的に縛る「スパイ防止法案」の法制化に他なりません。これらは決して遠い国の話ではなく、私たちの知る権利や表現の自由を根底から揺るがすものです。

■ 「適性評価」がもたらすプライバシー侵害と社会の自発的萎縮
これらの法制化が進むことで、社会に何が起きるのか。国が公然と行う「適性評価(身辺調査)」の恐ろしさを指摘されました。家族関係、交友関係、資産や借金の状況、さらには思想・内面に至るまで、個人のプライバシーが国家によって精査・管理されるようになります。 この監視の目が社会に定着すれば、「国に睨まれないようにしよう」「批判的な発言は控えよう」という「市民の自発的な萎縮」が生まれます。国家が力で押さえつけるまでもなく、市民が自ら口を閉ざしてしまう社会――これこそが、いま進められようとしている監視社会の本質です。
■ 憲法13条「個人の尊厳」を守り抜く防波堤に
憲法13条は、私たちが国家の部品ではなく、かけがえのない個人として尊重される権利を保障しています。国家が個人の私生活を覗き見、選別する社会は、民主主義とは呼べないのではないでしょうか。
誰もが怯えることなく自由に物言える社会を守るため、平和憲法の精神を市政に活かし、全力で活動してまいります。